訪問動物と施設内要介護者における無拘束性生体情報の収集と評価


研究代表者 原 茂雄  (岩手大学・元教授)
研究分担者 村岡 登  (横手動物総合病院・院長)
佐藤敬太 (岩手大学・5年次
研究協力者 米谷恭一 (すこやか横手・施設長)
佐藤    (横手動物総合病院・スタッフ)

研究概要

【研究目的】

急速な人口の高齢化に伴い、わが国でも高齢者と動物との関係が注目されるようになり、動物が高齢者の心身の健康に良い影響を及ぼすということが言われるようになってきました。しかし、厳密な意味での実証研究は少なく、身体的、生理的効果を簡単に測定する方法はまだ確立されていません。効果を正確に評価するためには、ふれあい過程や治療過程における生理心理学的効果を測定する方法を開発し評価する必要があると思われます。本研究の目的は、空気動圧センサーを用いて、ふれあい活動における目に見えない生理的変化を客観的に評価する方法を開発し、社会にフィードバックしてよりよい動物と人の生活環境の構築に資することにあります。

【研究方法】

 本研究では秋田県横手市にある特別養護老人ホーム「すこやか横手」さん、及び横手動物総合病院さんの多大なるご協力により、施設内で行われている動物訪問活動に参加させていただき、高齢者と動物のふれあいにおける生理状態を分析しました。使用する「空気動圧センサー」はM.I.Labo社(ソニーのベンチャー企業)で開発され、その特徴は人や動物の体表に触れるように置くことにより、無拘束下の状態で連続して生体情報が得られることにあります。本研究では、この空気動圧センサーに加わる圧力の変化を定量的に表した、単位時間当たりの実効値であるRMS(Root Mean Square)を活動量の指標としました。さらに、この情報には心拍、呼吸成分が含まれ、この周波数を分析することで様々な状態における生理的変化を比較しました。

【研究結果および考察】

 本研究に協力していただいた高齢者Aさんにおける、犬とふれあう前、ふれあっている間、ふれあい後、それぞれの状態における空気動圧センサーから得られた活動量の波形を以下に示します。

高齢者Aさんの活動量の推移

図1 犬とふれあう前

図1の波形はAさんの活動量の推移を表しており、まだ犬とふれあう前の段階で、車椅子に座って待機してもらっている状態です。特徴として波形は小さく、不規則になっています。犬が来ることは既にわかっていますので、少し緊張したり、期待していたりしているのかもしれません。

図2 犬を近くで見ている状態

図2では、Check4の点線で示した時間に犬を登場させ、すぐにAさんに抱かせるのではなく、まず目の前で犬を見てもらうだけにした状態です。犬を見てからすぐに大きな波形が現れているのがわかります。体は動いておりませんので、心に変化が生じたことがわかります。Aさんは犬をみるとうれしそうに微笑んでいました。

図3 犬を抱いている状態

図3でのCheck5の時点は犬をなでた時の状態です。大きな波形がしばらく続いているのがわかります。Check6で犬を足の上に乗せ、直に犬とふれあってもらいました。その後も大きな波形が続いています。

図4 犬を抱いている状態 8分経過後

 犬を抱き始めて8分が経過した時のAさんの活動量の推移です。図3と比べると波形が小さくなり、落ち着いた様子がわかります。大きな波形の時点では犬が動いたため、Aさんにもそれにあわせて心身の変化が現れたと考えられます。

図5 犬を離した状態 5分経過後

図5は、犬をケージ内に戻して、Aさんだけの状態で5分経過した時を表しています。波形は犬とふれあう前の状態のように小さくなりました。後半の大きな波はお茶を飲んだ時点の変化です。

次に図1~3のような波形から、活動量(RMS)、心拍成分、呼吸成分をそれぞれ抽出し、時間の経過に沿ってそれぞれの値の変化をグラフにしました。

 図6はAさんの活動量(RMS)の推移を表したものです。◆で表した範囲が犬とふれあう前の段階で、■の範囲が犬を抱いている間、▲の範囲が犬と別れた後での活動量を示しています。

 犬を抱いた時に最大値を示しており、そこから時間とともに下がっていることがわかります。犬を離した状態で高い値を示しているのはスタッフの方と会話をしていることが影響していると思われます。

 図7はAさんの呼吸数の推移を示したグラフです。グラフの見方は図6と同様です。それぞれの状態における心拍数には大きな変化はみられませんでした。

 図8はAさんの呼吸数の推移を示したグラフです。見方は図6、7と同様です。犬を抱き始めた時点で大きな値を示し、以後時間とともに減少しているのがわかります。犬と分かれた後大きな値を示していますが、これも図6と同様スタッフの方と会話している影響だと思われます。

 動物とふれあうことの効果は生理的利点として、精神的なリラックス、血圧・コレステロール値の低下、神経筋肉組織のリハビリ効果などが知られており、心理的利点としても、元気付け、動機の増加、活動性・感覚刺激、くつろぎ効果、ユーモア、遊びの提供、親密な感情、言語的・非言語的な感情表出、注意持続時間の延長、反応までの時間の短縮、回想作用など、様々な利点が知られています。今回の研究からは、図6と図8に示したように、犬とふれあい始めた時に活動量、呼吸数は増加し、その後それぞれ少しずつ減少していました。図7の心拍数ではそれほど変化がみられませんでしたので、犬という存在が心血管系にそれほど影響を与えない、適度な刺激となり、徐々に抱くことの温もりによるリラックス、精神的安らぎという生理心理的効果が現れているのではと推測されました。さらに、ふれあい活動では楽しそうにスタッフの方と犬の話題について会話するなど、言語活性化作用の効果も考えられ、犬がスタッフの方との人間関係における触媒効果を果たしていることも実際にみてとれました。本研究の結果から、20分から30分という短い時間で行われる動物訪問活動において、犬とふれあう人には様々な生理的、心理的変化が起こっていることがわかりました。

【今後の展望】

 動物訪問活動において、人と動物の双方にとってより良い関係を保つためには、物言えぬ動物の生理心理状態も十分理解する必要があります。そこで、動物の状態や行動を正確に把握するために、今後はふれあい活動における動物の生体情報を詳しく分析していきたいと考えます。

【謝辞】

 本研究に関して多大なるご協力をいただいた、すこやか横手の米谷施設長をはじめスタッフの方々、ご参加いただいた施設内の高齢者の方々に深謝いたします。